1138433527[Tips]技術とは目的を達成するための計算

船が、うごいている。海が背後に押しやられ、へさきに白波が湧いている。平素沈鬱なばかりの家老松根図書までが子供のようなはしゃぎ声をあげ、
「村田、進んでいるではないか」
と、ふりかえって叫んだ。が、蔵六の悪いくせが出た。
「進むのは、あたりまえです」
これには、松根もむっとしたらしい。そのほうはなんだ、者の言いざまがわからぬのか、といった。蔵六は松根からみればひどくひややかな表情で、
あたり前のところまで持ってゆくのが技術というものです
と、いった。この言葉をくわしくいえば、技術とはある目的を達成するための計算のことである。それを堅牢に積みかさねてゆけば、船ならば船でこのように進む。進むという結果におどろいてもらってはこまるのである。もし進まなければ、はじめて驚嘆すべきであろう。蔵六にいわせればそういうものが技術であった。

花神』 〜上巻 P.356〜