日本の品質観は職人個々の情熱と自負心と技倆のに依存した"文化"である

品質の管理については、むろん高度の技術と熟練職人の伝統をもつ国においてごく"文化的"なレベルでおこなわれてきた。ドイツにおけるレンズ、カメラ、スイスにおける時計がそうであろう。
さらには、近代工業以前ながら、日本は江戸期、大工や指物師の世界で"文化"としての品質思想は濃密に存在した。
フランク・ギブニー氏著の『ニュー・キャピタリズムの時代』においても日本文化の一特質を、
「職人が他のなんぴとにもまして尊ばれる国独特の品質に対する情熱」
としてとらえられている。
が、それらはあくまでも個々の情熱と自負心と技倆のに依存した"文化"であって、法網のように普遍性のある"文明"ではない。第二次大戦下のアメリカは、品質管理というこの課題を、お得意の思想として"文明化"したのである。
つまり、戦争に必要な兵器、機材などあらゆるものにおいて、品質にバラツキがあっては戦いそのものに影響を与えるという必要からうまれたものだった。それ以前のどの国もこの品質管理(QC)というものを思いつかなかった。
〜『アメリカ素描』 〜第二部 P.177〜