ためしたという知恵が人を感動させ、自分の本当の身になる

考えというものは実に色々な複雑な工程を経なければ自分のものになっていかないはずなのである。われわれの知恵は見たり聞いたりためしたりの三つの知恵で大体できている
そのうちで見たり聞いたりなんてものは迫力もないし、人に訴える力もないと思う。ためしたという知恵、これが人を感動させ、しかも自分の本当の身になる、血となり肉となる知恵だと思う。
『俺の考え』 〜歓迎したい悪口二つ P.20〜