個人としての合理性と集団としての合理性は必ずしも一致しない

リチャード・グラッソに対して世論が蜂起を起こしたケースのように、個人としては合理的ではない行動から生まれる集合的に合理的な結果が、強調の問題を解決する。他方、強調の問題の解決に失敗すると、正反対の事態が生じる。テレビ業界の主要なプレイヤーたちは個々には賢明である。だが、全体としては愚かだ。
「みんなの意見」は案外正しい』 〜第6章 P.148〜