知識集約化の流れの中では資本家のカネが事業収益を生み出すわけではない

そもそも統治される側である経営者や従業員は統治されるだけの納得性を持たなければならない。あらゆる産業で知識集約化が進む中、彼らに資本家が出してくれるカネのおかげで事業収益を生み出している実感はない。マルクスではないが、生産手段、付加価値の源泉は、再び「働き手」、人的資本の側に戻ってきたのである。
『会社は頭から腐る』 〜第5章 ガバナンス構造を徹底的に見直せ P.150〜