自分の意中を電光石火のごとく読み取ってくれるが、絶対的な献身、忠誠の念がない

フーシェはナポレオンのもつ巨大な危険な悪魔的な力をよく知っている。ここ数十年のうちには、このような臣事するに値する傑出した天才は、ふたたび世にあらわれないだろうということはわかっているのである。またナポレオンにしても、自分の意中を電光石火のごとく読み取ってくれることにかけては、この冷ややかな透徹した、はっきりと自分の気持を映し出す鏡のような眼、密偵の眼を持った男の右に出る者がないことは承知しているのだ。この勤勉な男は、なにごとにでも、善にも悪にも同じように使い得られる政治的才能の持ち主だが、完全無欠の臣下というにはただ一つ欠けたところがある。絶対的な献身、忠誠の念がないということなのだが、この男ほど自分の意を体するに速やかな者はないことを、ナポレオンは知っていたのである。
『ジョゼフ・フーシェ』 〜第五章 皇帝の大臣 P.185〜